テラカオス

エントロピーの増大。

世の中のあらゆるものは「無秩序」に向かって進んでる。

規則正しく並んだ電子は次第にその法則から外れ、
物体を成していた元素達はやがて離散する。

後には混沌だけが残される。

これはこの宇宙を支配する法則だ。
昔の偉い学者がこの法則を証明した。

こんな夢の無い話を誰も望んでなかったかもしれないけど、でも証明されちゃったものは仕方が無い。
何もかもが混沌に向かうという事実。

この法則に関連する事象で、ポジティブサークルと言うのがある。

１００ある原子のほぼ全てが徐々に混沌の度合いを高める中、
ある一粒の原子がふいに正しい規則性を取り戻す。
そしてその一粒が中心となり、やがて数個の原子が、そしてさらに数十の原子が混沌の法則に抗い一定の法則に従うようになる。

ポジティブサークル。

これは何もミクロの世界にだけ存在するわけじゃない。
時には僕らの目に見えるかたちで。

それは起こる。

誰かの小さな願いがやがて人々の流れを変え、時代の流れを変える。
そんな奇跡の瞬間。

僕はそれを目にした事がある。

けれどこれは決して「美談」じゃあない。
この話にはあまり明るくない結末がある。

あらゆるポジティブサークルはやがて、無限のカオスに飲み込まれる。

最初から何もなかったかのように。
全ての未来を飲み干して。
混沌の法則が最後には勝つ。 

どれだけポジティブサークルの輪を大きく広げても、
それに対する混沌は文字通り「無限」だからだ。
数字で数えられるものが「無限」に打ち勝つ事など出来はしない。

粒子の世界だけじゃない。
僕らが生きる世界の全て。

「いい心」が生み出すその脈流にも必ず終わりが来る。
その「終わり」の瞬間。

僕はそれを目にした事がある。



分かってるよ。
分かってるから。
無駄な事だなんてよく分かってるし。

でも、
それでも僕はやっぱり「真新しい、まだ小さなポジティブサークル」を踏み潰す事が出来ない。

僕は弱い人間だから。
彼らに現実を叩きつけられるような強い人間じゃないから。

その芽を摘むことより、その芽を守ることに全力を注ぎたいだなんて馬鹿な事を考えてしまう。

僕はそのエネルギーの中核になれるような人間じゃないから。
せめてそういうエネルギーの源となる人たちを守れる人間になりたい。